
監督のことば
社会で日々起こる事件の何倍もの数、巻き込まれた当事者は存在する。事件後も続いていくその人生を、私たちはどれだけ理解できているだろうか? それはかつてキャリアの何年かを、オウム事件を含む犯罪報道に費やして来た私自身に、向けられた問いでもあった。私たちがほとんど思いを致すことのない、加害者側の家族の生き様を見つめたいとの思いが募る日々のなかで、松本麗華と出会った。当代で最も憎しみを集めたに違いない「加害者」の家族として生きる姿に触れ、6 年に及ぶ取材が始まった。
殺人事件は誰かの愛する者の命を奪うが、その結果としての死刑もまた、誰かの家族を奪うことになる。望んでその身の上に生まれたわけではない彼女は、これからどう生きていけるのか。社会はどう受け入れていくのか、いかないのか。彼女は二つの大きな痛みと向き合い続ける。一つは父親が償いとして命を奪われてもなお社会から続く、排除や差別。もう一つは父を愛することを止められないまま、父の刑死を受け入れねばならい苦しみだ。
この映画が観客に問うのは死刑制度をめぐる主張ではなく、ある加害者家族という“当事者”の存在に思いを致し、考え続けることだ。報復感情に依存しない世界、誰でも生き直せる社会への思いを、巡らせていただけたらと願っている。
監督プロフィール
10 代から小型映画を制作し、早稲田大学文学研究科(大学院修士過程)で映画学を学ぶ。
民放キー局で事件事故報道に従事。後年はテレビや映画、さらに近年は Web などの場で、人間と社会の在り方を問うドキュメンタリーを発表。2005 年からフリーランス。犯罪を繰り返す高齢者の更生を記録した『生き直したい』(大阪 ABC テレビ、2017)で坂田記念ジャーナリズム賞。
ここ 10 年ほどは、死刑制度を題材とした映画制作に取り組み、2015 年に『望むのは死刑ですか考え悩む”世論”』を発表、2 作目の『望むのは死刑ですか オウム“大執行”と私』(2022)では、アメリカの The Awareness Film Festival で Merit Award of Awareness Award(気づきの功労賞)を受賞。